はじめに
1970年から2012年にかけて、海洋哺乳類、海鳥、魚などの海洋生物の数はおよそ半減してしまったという統計があることをご存じでしょうか。その原因は、海洋酸性化、海水温の上昇、プラスチックごみなどによる海洋汚染など様々なものが考えられますが、もっとも直接的な海洋環境に対する影響は、漁業などの人の営みから生じているといえるでしょう。実際に、国連食糧農業機関(FAO)は、世界の水産資源の34.2%が持続可能な水準を超えて漁獲されているとしています。
魚は海に生息している間は、誰のものでもない、公共物といえます。よって魚をとる行為はルールにしたがって行われることが望ましいですが、なかにはルールに従わず無責任な方法で漁業を行い、魚の減少に拍車をかけている漁業者もいます。その結果、ルールに従い、持続可能な方法で漁業を行おうと努力をする人たちは、より少ない魚にしかアクセスできなくなります。つまり、持続可能な漁業は、魚をめぐる競争では、無責任な漁業に負けてしまうことになります。
それでは、持続可能な漁業を市場での競争に勝たせる、つまり、わたしたちの身近なスーパーマーケットやレストランなどで、持続可能な漁業でとられた魚を積極的に選んでもらうようにするにはどうすればよいでしょうか。ここでは、そのための取組みのひとつである、持続可能な漁業の認証とラベリングの仕組みをご紹介します。
持続可能な開発目標(SDGs)と水産資源
日本では、SDGsの認知度がとりわけ低いとされていますが(ある調査によると、SDGsを「聞いたことがある」という人の割合が49%)、なかでも海に関する目標はほとんど知られていないのではないでしょうか。SDGsの目標14は「海の豊かさを守ろう」というタイトルで、わたしたちが将来にわたって海を持続的に利用していくための取組みを列挙しています。
その中には、2020年までに、海と沿岸の生態系を回復させるための取組みを行うこと(14.2)や違法漁業、破壊的な漁業をなくすこと(14.4)などが含まれています。また、国による補助金が魚のとりすぎや違法な漁業などを助長することがあることから、それをなくしていくことも目標として掲げられています(14.6)。
現在、これらの目標が完全に実現されたとは言い難いですが、FAO、地域的な漁業管理機関、各国政府、NGOなどによって様々な努力が進行しており、持続可能な漁業認証もこのような流れの中に位置づけることができます。
持続可能な漁業認証の広がり
持続可能な漁業認証は一般的に、①生産段階と、②流通加工段階について行われます。生産段階については、持続可能で環境に配慮した漁業が行われているかどうか、流通加工段階については、認証された漁業からの商品が、その他の商品と混ざることなく消費者のもとに届けられるかどうかが審査されます。
図1 漁業認証プロセスのイメージ図
出典:水産エコラベルをめぐ状況について(水産庁、令和3年6月)、2頁
現在世界で100を超える数の団体が独自に審査のための基準を作り、それらに合格した漁業から生産された商品にエコラベルを付けることを認めています。スーパーマーケットなどで見かける水産エコラベルの付いた商品は、認証された漁業から生産され、流通~製造・加工~販売の全ての過程において、きちんと分別管理して取り扱われた商品といえます。
図2 水産エコラベルの例(左から、海洋管理協議会(MSC)、マリン・エコラベル・ジャパン協議会(MEL)、アイスランド漁業協会のもの。)
特に影響力のある団体のひとつに、下で紹介する海洋管理協議会(MSC)があります。アメリカの小売大手のウォルマートは、自社ブランドのツナ缶で使用するすべてのマグロ・カツオ類を、MSCによって認証された漁業、もしくは認証取得に向けて積極的に取り組んでいる漁業から調達するとしています。
海洋管理協議会(MSC)の取組み
1997年にイギリスで設立されたMSCが認証する漁業は、現在世界中で421にのぼり、漁獲量ベースでは世界の19%の天然魚がMSC認証によってカバーされています。魚種別でみると、世界の天然マグロ・カツオ類の漁獲総量の54%、サケ類の漁獲総量の58%がカバーされています。
図3 MSC漁業のおおよその操業域
出典:MSC年次報告書2020年度(2020年4月~2021年3月)、13頁
MSCの認証規格はNGO代表者、漁業関係者、政府関係者、小売業者など様々なステイクホルダーとの協議を通じて作成・改定されています。特に、①過剰な漁獲を行わず、資源を枯渇させないこと、②生態系の構造、多様性、生産力を維持すること、③国内・国際的なルールを維持することが重視されます。
MSCのエコラベルが付けられた商品は現在世界中で20,000点以上にのぼるとされています。
日本におけるMSC認証の取得事例
2021年2月に、三重県の尾鷲物産がキハダマグロ・メバチマグロ・ビンナガマグロのはえ縄漁業に対してMSC漁業認証を受けました。尾鷲物産のはえ縄漁では、狙う魚種だけがとれるような工夫がされています。具体的には、餌に冷凍のムロアジやサンマなどの丸魚を使用し、ウミガメが噛み切るうちに針から外れるようにすることで、ウミガメの混獲を防ぐことにつながっています。また、海鳥などの混獲を避けるため、釣り糸におもりを付けて、餌がすぐに沈むようにするなどの方法がとられています。
水揚げの3時間後には、MSCのラベル付き生マグロのパックが最寄りの店舗に並ぶ体制が整えられています。
図4 はえ縄漁による水揚げの様子
出典:尾鷲物産株式会社HP
2021年の6月には、近海かつお一本釣り漁業国際認証取得準備協議会によるカツオ、ビンナガマグロの一本釣り漁業が認証を取得し、日本で現在認証を取得している漁業は12件となりました。
2021年9月には、伊藤忠商事のカツオ・キハダマグロまき網漁業がMSC漁業認証の審査入りをするなど、認証取得を目指す漁業が日本でも徐々に増えてきています。
おわりに
わたしたちが消費者として、持続可能な漁業を応援しながら消費活動を行うというのは、「エシカル消費」の考え方の実践のひとつと言えます。またそれは、わたしたちが持続可能な開発や自然と調和したくらし方を目指すという、SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」にも合致しています。私たちの身近なところ、たとえばスパーマーケットの魚製品売り場から、SDGsの実践を始めてみるのはいかがでしょうか。
図5 商品に添付された水産エコラベルの例
出典:水産エコラベルをめぐ状況について(水産庁、令和3年6月)、3頁