フランスの首都、パリ。

花の都と呼ばれるこの地には、セーヌ川という名のほとんどの流域がフランスに属している川があります。

かつては大西洋と北フランス内部を結ぶ河川舟運に使われていましたが、現在ではクルーズ船が行き交う有名な観光地として知られています。

パリの人々は、上下水道が発達する以前にこの川を上下水どちらも利用していました。
その結果、何度も疫病が流行したこともあります。

この状態を重く見たナポレオン3世が、イギリスの首都ロンドンの当時世界一と言われた水道システムを参考に改革を行った結果、パリ市民はセーヌ川の水を直接飲む必要がなくなりました。

時を経て2024年にパリオリンピックが開催されるのを受けて、トライアスロンの競技会場とすべくセーヌ川をさらに浄化し、遊泳可能な川にするという構想が打ち出されました。

ここでは、セーヌ川を浄化したそのプロセスなどについて解説していきます。

2016年・セーヌ川浄化プロジェクトチームの発足

セーヌ川の浄化プロジェクトチームは2016年からオリンピックとパラリンピックをセーヌ川浄化のための絶好の機会であると捉え、セーヌ川の遊泳計画に取り組んできました。

オリンピックとパラリンピックという世界中の目が注目するイベントにおいて、一般市民にセーヌ川を開放するまでの成果を上げ、披露する狙いがあったのです。

そのため、時代遅れだった下水システムの全面的な見直しや、オステルリッツ駅近くの50,000㎥の貯水量を持つ巨大雨水貯留施設の建設を行いました。

この雨水貯留タンクは、大雨の際に大量の雨水を貯めておき、セーヌ川に流入する未処理の水の量を減らす目的で建設されたのです。

この取り組みは2024年7月17日、オリンピックの直前の時期に当時のパリ市長であるアンヌ・イダルゴと2021年大会組織委員会会長であるトニー・エスタンゲがセーヌ川を泳いだことで、成功を収めたと評価されました。

トライアスロン競技の延期

このような取り組みが行われていたにも関わらず、オリンピック開幕直後の豪雨により、セーヌ川でのトライアスロン競技は延期されてしまいます。

このときのセーヌ川の水サンプルからは、規定値を超える有害な細菌が発見されたためです。

しかし、当局は2024年7月31日の早朝には、競技へのゴーサインを出しました。
水サンプルの結果から、有害な細菌の数が選手にとって安全な水準に戻ったと判断されたためです。

競技開始前に急激に水質が悪くなった原因は、地球温暖化にあると推測されます。
地球温暖化により異常気象が頻発し、河川の水質維持が困難になったという可能性があると考えられています。
地球温暖化により世界の平均気温が上昇し、短時間に激しい集中豪雨が発生する可能性が高まり、パリは過去8年のうち5年間、6月と7月に豪雨に見舞われていたのです。

雨水貯留施設を建設し雨水を貯留後、豪雨が過ぎ去った後にゆっくりと放出する仕組みを作っても、すべての雨水を貯留するのは不可能で、貯留できなかった雨水がセーヌ川に流れ込み、急激に細菌レベルを上昇させてしまうのです。

セーヌ川を美しく保つカギはモニタリングとデータ開示

異常気象が頻発しなくても、パリ周辺で現代の夏の平均的な降水量の雨が降ることで、セーヌ川をいつでも泳げるように清潔な川にするのは難しい、とソルボンヌ大学の水文学教授ジャン・マリー・ムシェルは言います。

異常気象が発生しなくても、水質に悪影響を及ぼす気象現象は多く発生しています。

セーヌ川の水質をいつでも泳げるように保つためには、さらに効率的なシステムを構築する必要があるでしょう。

セーヌ川は調査期間中、約30%の割合で泳ぐことができない状態にありました。
しかし、その期間の3分の1の期間は、パリは豪雨に見舞われていなかったのです。

水質汚染の改善に携わる専門家たちは、水質をどのような方法でモニタリングするか、モニタリングした情報のうちどれをパリ市民と共有するかについても改善が必要だと考えています。

共有される情報は、胃腸の問題や、目や皮膚の感染症に関わる可能性があるものが優先されるでしょう。

水質のモニタリングを行い、しかるべきリスクを監視し、すべての細菌から生じる実際のリスクを測定し、迅速に結果を市民に提供できる技術が今後重要になってきます。

今回のトライアスロン競技の決定に使用されたのは従来の監視方法は、モニタリングに時間がかかってしまいます。

そこでFiuidion社は、独自のモニタリング方法を開発し、オリンピック期間中に試験的に導入しました。

その方法は大腸菌レベルにフォーカスを当て、現場で迅速に処理できるというものです。

この方法を活用すれば、正確かつ最新の水質情報を提供することができるのです。

公共機関の公的投資は10億ユーロ以上

セーヌ川の水質浄化は、オリンピック競技のためだけに行われたわけではありません。
セーヌ川の環境を、今後数年間で改善するための投資なのです。

今後も公的投資は継続される予定で、公共機関は民間企業とも連携し、既存及び新築の建造物が適正基準に適合できるように取り組みを進めていきます。

これまでの浄化作業の大部分は、係留中の船や一部の古い家屋から直接川に廃棄物が流入するのを防ぐための配管網の改良でした。

セーヌ川の水質浄化の課題はかなり改善されてきましたが、まだまだやるべきことは山積みなのが現状です。

このような課題を解決するために、パリを含む行政機関はセーヌ川のインフラ整備プロジェクトにさらなる協調融資を行う予定です。

セーヌ川の浄化プロジェクトによる環境保護活動への意識を高める狙い

セーヌ川を浄化し、遊泳可能な状態にすることは、オリンピックのためだけではないことは前述しました。

市民が実際にセーヌ川を泳ぐことで、セーヌ川とその生態系を大切にする環境保護への意識と支援を高めることが、この浄化プロジェクトの目標となっています。

パリを中心としたイル・ド・フランス県では、今後数年間にわたり下水道と下水処理システムを継続していく予定です。

下水を建物からセーヌ川に直接流すのではなく、下水処理システムのネットワークを介して流すことで、セーヌ川の浄化がさらに進むことが期待できます。

セーヌ川の浄化を見越して、およそ20の自治体がパリで計画されている3か所に加えてセーヌ川沿いに恒久的な公共の水浴場の開設を計画しています。

道半ばのセーヌ川浄化プロジェクト

セーヌ川の浄化については、まだ道半ばであると言わざるを得ないでしょう。

下水処理システムのさらなる普及に加えて、異常気象にも対応していく必要があるからです。

しかし、セーヌ川を浄化することで、SDGsの目標6「安全な水とトイレを世界中に」、目標11「住み続けられるまちづくりを」、目標13「気候変動に具体的な対策を」の3つの達成に貢献することができます。

2024年のパリオリンピックを目標として始まったセーヌ川浄化プロジェクトですが、今後も改良を重ね、豊かな命が宿るセーヌ川になることを期待しています。

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