木製の人工衛星

2024年の現在に至るまで、さまざまな国がさまざまな目的で宇宙へ人工衛星を打ち上げてきました。
その目的は、地球や宇宙を調査・観測し、その情報を地球上の生活に役立てることです。
目的の中で最も思い浮かびやすいのが気象予報ですが、それ以外にも通信・放送、測位、科学観測、地球観測など、多岐にわたります。

現在地球を周回している人工衛星の数は約4400個と言われていますが、この人工衛星が宇宙の環境に悪影響を及ぼしています。

日本では、京都大学と住友林業の共同開発により、人工衛星が宇宙に対して与える悪影響を最小限に止めるために、木でできた人工衛星が誕生しました。

この木製の人工衛星は、これまでの金属製の人工衛星とどのような違いがあるのでしょうか。

ここでは、木製の人工衛星が宇宙のみならず地球の環境に与えるメリットについて解説していきます。

従来の金属製の人工衛星の問題点

従来のアルミや鉄といった金属で作られた人工衛星は、衛星の運用が終了した際に大気圏に突入させて燃焼させ、処分します。
これは、衛星が宇宙空間を漂う宇宙ゴミ、いわゆるスペースデブリにならないようにするためです。

しかし、衛星の燃焼の際にアルミナ微粒子と呼ばれる微粒子が発生し、地球の気候や通信に悪影響を及ぼす可能性があります。

今後は宇宙開発がさらに発展することが予想されますが、地球と宇宙の環境を守るためには、金属の人工衛星が持つ問題点を解決するための取組みが必要不可欠となっています。

木製の人工衛星が持つメリットとは

木製の人工衛星は、同じ性能を持つ金属製の人工衛星と比較すると、非常にコンパクトに作ることができます。

その理由は、木材は地球との通信や観測を行う電磁波や時期波を通るため、金属製の人工衛星の場合は衛星の外部に設置していたアンテナなどを内部に設置できるため、衛星全体をコンパクト化することが可能だからです。

また、重量も金属製の人工衛星よりも非常に軽くなっています。
人工衛星の打ち上げコストはその大きさや重量と比例して大きくなっていくため、木製の人工衛星は低いコストで打ち上げ可能です。

さらに、前章でも挙げた金属製の人工衛星のデメリットとされている、大気圏突入時のアルミナ微粒子の発生が、木製の人工衛星の場合には起こらないため、非常にクリーンで地球にやさしいという点も、メリットのひとつとして挙げられます。

木製の人工衛星打ち上げプロジェクト

京都大学と住友林業は、2022年3月より取り組んできた「国際宇宙ステーションでの木材宇宙曝露実験」で、約10か月間取り組んできた宇宙空間での木材試験体の曝露実験が完了し、2023年に試験体が帰還しました。

今回の実験で検体とされた木材は、割れや反り、剥がれなどはなく過酷な宇宙環境下での試験体の劣化は極めて軽微で材質が安定しており、木材の優れた耐久性を確認できた結果となりました。

この実験の結果最終候補に残ったのが、ヤマザクラ、ホオオノキ、ダケカンバの3種でしたが、検討の結果ホオノキを打ち上げ予定の樹種に選定しました。

こうして選定されたホオノキで作られた木製の人工衛星には、本体の外側のレール以外に金属は使用されていません。

ねじなどを木製の人工衛星に使用した場合、軌道上の100℃から-100℃までの温度変化により金属が伸縮して木材を損傷するためです。
また、有毒ガスの発生が懸念されることから、接着剤も使用されていません。

そこで用いられたのが、凹凸をつけた木材を継ぎ目が見えない形で直角に組み上げる、日本の伝統技能である「留型隠し蟻組み接ぎ」です。
これにより、温度変化の激しい宇宙空間でも形を損なうことなく、人工衛星としての役目を果たせます。

コストや環境負荷以外にも木材を使うメリットはある

木材は金属と比べて、耐久性が低いと考える方が多いのではないでしょうか。

しかし、木材と金属の同じ重量当たりの強度を比較すると、木材は金属の約4倍の引張強度、約6倍の圧縮強度を持っています。
そのため、軽くて強い木材は人工衛星の素材に非常に適しているのです。

また、地球上で木材を使用する場合に現れる欠点に、くるう(寸法が変わる)・燃える・腐るという3つの欠点があります。
しかしこれらの欠点は木材中の水分と酸素、そして菌によってもたらされるものなので、水も水分も菌もない宇宙空間では、この3つの欠点は全て払しょくされます。

また、木材は電波を通すため、衛星の外にアンテナを展開する必要がなくシンプルな構造の人工衛星を作ることができるのです。

木製の人工衛星の今後の展望

木製の人工衛星はロケットに搭載され、まず国際宇宙ステーション(ISS)に移送後、およそ1か月後に、「きぼう」日本実験棟より宇宙空間に放出されます。
宇宙へ放出した後は、木製の人工衛星から送信されるデータを解析することによって、木の持つ可能性を追求し木材の利用拡大を目指します。

解析されるデータとは、木造構体のひずみ・内部温度分布・地磁気・ソフトエラーなどで、京都大学構内に設置された通信局にデータを送信する計画です。
今後はこの木製の人工衛星から得られた開発ノウハウと運用データを活用し、これから計画を進める2号機の設計や計測を検討するデータの基礎資料とします。

住友林業は今回の開発を通して得られた知見をさらに分析し、ナノレベルでの物質劣化の根本的なメカニズムの解明に役立てることで、木材の劣化抑制技術の開発や高耐久性木質外装材など高機能木質建材の開発や木材の新用途開発の推進が可能になるでしょう。

このような研究が進むにつれて、従来は木材が使用されていなかった箇所での活用が進むでしょう。
データセンター施設等への木材利用の拡大につなげるなどの方法で、林業業界、木材業界の発展に貢献できるのです。

まとめ

「木製の人工衛星を作る」と聞けば、多くの人が「それは無理だ」と考えるでしょう。

しかし、京都大学と住友林業がタッグを組んで取り組んだ木製人工衛星の開発は、順調に進んでおり、今後はさらにデータ収集を行いより高性能な木製人工衛星の開発が期待できます。

木製人工衛星は、スペースデブリや地球に悪影響を及ぼす粒子を発生させない、地球と宇宙の環境に負荷をかけないというメリットをもたらします。

しかし、狙いはそれだけではありません。
木材が持つポテンシャルを最大限に解明し、今まで木材が使用されていなかった箇所での木材の使用を推進することで、林業界・木材業界の発展まで見込めるのです。

木材は、環境に負荷を与えにくい素材なので、多くの分野で使用されていましたが、現在ではその利用量は減少しており、林業界・木材業界は衰退の道を辿っています。

木材が宇宙に進出することで、木材の新たな魅力や能力が引き出され、それにより需要が増加し、木材に携わる職業に就いている方の生活が潤うという流れができてくることが期待できるでしょう。

「木でできた人工衛星」というと、単に宇宙好きのSFストーリーととらえる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際にこの取り組みが進んでいくと地球に暮らす人々へも大きな恩恵がもたらされるのです。

最新情報をチェックしよう!