2002年にマグロの近代養殖に成功したことで有名になった近畿大学ですが、今度はウナギの完全養殖に成功しました。
完全養殖に成功したのは、絶滅が危惧されているニホンウナギです。
ウナギの漁獲量は年々減少しており、価格も高騰しているため一般庶民の食卓に上ることが少なくなっているという現状があります。
ここでは、近畿大学がニホンウナギの養殖に成功したあゆみについて解説していきます。
絶滅が危惧されているシラスウナギ
環境省や国際自然保護連合は、ニホンウナギを「近い将来における野生での絶滅の危険性が高い」として、絶滅危惧種に指定されています。
日本国内で販売されているウナギのほとんどは、漁師がとったウナギの稚魚である「シラスウナギ」を成魚にまで養殖したものです。
このシラスウナギの漁獲量は減少傾向にあるため、価格は上昇を続けておりこのままではいつかウナギが食べられなくなるという懸念が高まっています。
完全養殖とシラスウナギからの養殖は全く別のもの
ニホンウナギは、日本から南に約2000キロ離れた太平洋のマリアナ諸島付近の海底で産卵を行います。
そして孵化した仔魚は、太平洋を漂い北上してシラスウナギに成長します。
ウナギの生態には謎が多く、特に仔魚の段階でどのような方法で成長しているのかが完全に解明されていません。
仔魚はプランクトンの死骸などが分解された「マリンスノー」を餌としていることまでは分かっていますが、その具体的な成分はいまだに明らかになっていません。
近畿大学でウナギの完全養殖を行う際には、このマリンスノーの成分について試行錯誤を行い、魚粉などを混ぜたペースト状の人工飼料を与えていますが、仔魚は消化器官が未発達であるため「食いだめ」ができず、一日に五回手作業で人工飼料を与える必要があります。
また、自らエサに寄って来ることもないため、エサの95%は無駄になると言われています。
仔魚は非常に繊細なので、このエサの残りで水槽の壁や水が汚れると死んでしまいます。
それを防ぐためには、毎日水槽の水を変える必要があります。
また、水を変える際などに網で掬うと体に傷がついてしまうため、水に浸かった状態で移動させる必要があります。
このような理由から大きな水槽での養殖を行うことはできず、大量生産は非常に困難です。
仔魚をシラスウナギにまで養殖するためにはおよそ250日が必要で、その期間は毎日つきっきりで世話をする必要があります。
そのため人件費などのコストがかさみ、天然のシラスウナギが180円から600円で取引されるのに対して、完全養殖の場合にははるかに高い値段をつけなければコストを回収できません。
近畿大学のウナギの完全養殖の研究
近畿大学の水産研究所では、和歌山県白浜町にある白浜実験で1976年(昭和51年)から、ニホンウナギの種苗生産研究を開始し、1984年(昭和59年)に採卵と孵化に成功しました。
しかし仔魚がエサを食べるところにまでは至らず、その後研究は中断されていました。
2019年(平成31年)3月に和歌山県那智勝浦町にある浦神実験場において、水産機構で開発され公表されている情報技術をもとにして研究を再開したところ、同年9月に人工孵化に成功しました。
そこから人工孵化した雌雄を親魚とし、2022年(令和4年)9月より、成長の良いものから順次催熟(卵や精子の形成に関与するホルモンなどを投与して人為的に成熟を促進すること)を開始したところ、2023年(令和5年)7月5日に受精卵を得ることに成功し、翌6日には仔魚が孵化して、完全養殖に成功しました。
ウナギは飼育条件下では成熟に関するホルモンが生産・分泌されないため、どれほど大きく成長しても性成熟が進みません。
そこで必要になるのが、催熟です。
催熟を行う方法は、他の生物から得たホルモンを用いるというものです。
投与したホルモンは短期間で分解し排出されるため、ウナギの体内に蓄積することはなく、得られた受精卵や孵化した仔魚に残留する心配はありません。
2023年(令和5年)7月5日に仔魚が孵化した後、8月3日と8月24日にも孵化が確認されています。
今後研究が進んだ場合、仔魚は3か月から半年程度でシラスウナギに変態し、一般的な食用サイズに成長するためにはそこからさらに1年程度かかると思われます。
ニホンウナギ完全養殖の今後の研究と課題
ウナギの完全養殖は、受精卵を得てシラスウナギにするまでが最も難しいと言われているため、今後の研究の第一目標は養殖用種苗として利用可能になるシラスウナギまでの育成です。
また仔魚の飼育技術の現状は、特殊な小規模水槽でのみ飼育が可能なものであり、単純に水槽の増大や水槽規模の拡大といった対策を施すだけでは、大量生産の実現は困難な状態です。
なお現在の近畿大学における飼育技術の大部分は、水産機構が開発したものをベースとしています。
今後は近大マグロで有名になった近畿大学水産研究所が、これまでに培ってきた技術と経験をもとに、近畿大学独自のアプローチを行いウナギの仔魚用飼料の改良に挑戦するとともに、シラスウナギまでの安定した生産技術の確立を目指していくでしょう。
ニホンウナギ完全養殖のゴール
日本政府は2050年までに、天然の稚魚からすべて人工的に受精させて生産した仔魚に切り替えるという目標を掲げていて、水産庁では水産研究や教育機構と共同で大量生産システムの実証実験を行っています。
コスト削減のためにより大きな水槽や自動給餌システムの開発を進めているほかにも、飼育に手間がかかる仔魚の期間を短くするための品種改良などに取り組んでいます。
しかし、現状は試行錯誤の繰り返しで、日本政府が定めた目標、つまりゴールに到達するにはまだまだ時間がかかるでしょう。
水産庁の担当者は近畿大学の完全養殖成功について「国の機関だけではなく、大学や企業が完全養殖に取り組むことで裾野が広がり、技術の進歩も期待できる」と歓迎しています。
近畿大学は2002年(平成14年)に世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功し「近大マグロ」のブランドで商品化した実績があります。
近畿大学水産研究所の升間主計所長は「ウナギはマグロと全く異なる技術が必要となるので、水産研究および教育機構と比較すると予算や研究者の数など規模は小さいが、近畿大学ならなんとかできるのではないかと期待されている。実用化に向けてさらなる発展に寄与したい」と意気込んでいます。
完全養殖と聞くと、今より安価にウナギを食べられるのかと考える方も多いと思いますが、当面は天然のシラスウナギを使った養殖法より安価に流通させることはできないでしょう。
現在のウナギの完全養殖の目標は、安価に流通させることではなく絶滅させることなく持続的に供給できる技術を培うことです。
まとめ
ここまでの解説で、近畿大学がニホンウナギの完全養殖に取り組むことの難しさと、その意義についてお分かりいただけたと思います。
現在は受精と孵化、仔魚からシラスウナギへの変態と成魚への生育といった一連の流れには成功していますが、大量生産を行い市場に流通させるまでにはまだまだ時間がかかるでしょう。
現在の研究の第一の目標は、ニホンウナギを絶滅させず持続的な供給を実現することです。
この目標はSDGsの目標14海の豊かさを守ろうを実現するために、大きな役割を担っています。
この目標が達成された後、さらに研究が進み安価なウナギが食卓に上るまで、長い時間がかかると思われますが、「近大ウナギ」が流通する日を楽しみに待ちましょう。