売れ残った食品を割引価格で販売し、食品ロスを減らすとともに少しでもお店の売り上げを上げるという手法は、昔から多くの食品販売店で行われてきた手法です。
これと同じように、いくつもの店舗で売れ残ったパンを割安で購入し、定価で販売するという「夜のパン屋さん」という、少し特殊な営業形態のパン屋さんが2020年10月16日の「世界食糧デー」にオープンしました。
この夜のパン屋さんは、パンを焼きません。
作り出すのはパンではなく、新しい仕事です。
ここでは、夜のパン屋さんについて紹介していきます。
「施し」ではなく「報酬」を
夜のパン屋さんを考案したのは、料理家の枝元ほなみさんです。
枝元さんは、ホームレス状態にあったり生活に困窮していたりする人達の社会復帰の支援を行う「ビッグイシュー」という団体の市民が自分自身で仕事、「働く場」を作る活動をきっかけに、夜のパン屋さんを始めることを思い立ちました。
ビッグイシューの活動は枝元さんの目に、困っている人に施しをするのではなく、仕事を作り賃金を得る機会を提供するという、活動する側と参加する側がとてもフラットな関係を築けているという点も魅力的に映ったのです。
フードロスの削減と雇用の創出
夜のパン屋さんは、さまざまな店舗の売れ残りのパンを夜のパン屋さんの本店に集め、集めたパンを夜のパン屋さんの各店舗で販売しています。
各店舗で売れ残ったパンは、お店が設定した価格で夜のパン屋さんで販売されます。
そしてその価格の半額で、夜のパン屋さんはパンをパン屋さんから仕入れるのです。
そして、売れ残ったパンたちは夜のパン屋さんで正規の価格で販売され、利益を挙げるという仕組みになっています。
この仕組みをうまく続けるためには、人手が必要になりますがその際に労働力となるのが、元ホームレスや何らかの理由によってフルタイムで働くことができず金銭的に困窮している人々です。
このような人々が、夜のパン屋さんでは多くの人が働いています。
夜のパン屋さんは売れ残ったバンを再販売してフードロスの削減を行うだけではなく、雇用の創出も行っているのです。
そうして始まった夜のパン屋さん
夜のパン屋さんが自分でパンを焼かない理由は、非常に単純です。
それは「誰にでもパン作りの才能があるわけではないから」というものです。
しかし、指定されたパン屋さんからパンを集め、各店舗に運び販売するためには特別なスキルは必要ありません。
しかし、パンを譲ってくれるパン屋さんを見つけるのには大変な苦労があったと枝物さんは言います。
枝元さんは料理の世界では立派な地位を築いていますが、一般のパン屋さんにまで名前が浸透しているわけではありません。
そこで、名詞と企画書に加えて自分の著書を持ち、毎日いろいろなパン屋さんに協力を仰ぐために走り回ったといいます。
しかしその成果は徐々に現れ始め、一店舗、また一店舗と協力していくパン屋さんが増えてきて、現在ではその数は20店舗を超えるようになり、実際にフードロスゼロを達成したパン屋さんも出てきています。
夜のパン屋さんで給料以外に得られるものとは
夜のパン屋さんの給料は、1日あたり店頭での接客販売が1,080円、提携先からのパンの運搬が1,500円となっています。
これは決して高額ではありませんが、働く人たちは給与以上の価値をこの夜のパン屋さんから受け取っていると感じている人が多いようです。
元ホームレスの男性は、多くの人とかかわりながら働くことで得られる絆を、あるシングルマザーは時間の融通が利くため子どもがいても働きやすいといった利便性を得ているといいます。
勤務時間自体が短いため、あまり高額な給与になることはありませんが、この労働時間が短いということは、元ホームレスや元引きこもりの人などにとっては、継続して働きやすい理由のひとつです。
夜のパン屋さんで働くことで、賃金以外にも得られるものは多くあるのです。
夜のパン屋さんの現状
誰かの手できちんと作られたパンは、それ相当の値段がつくべきだと枝元さんは考えています。
そのため、中には「代金はいらないよ」と言ってくれるパン屋さんがいても、必ず代金を支払います。
これも、施しではなく報酬をという精神の現れなのです。
実際に夜のパン屋さんでパンを買ってくれる人が、この取り組みに賛同の言葉をかけてくれることもあるそう。
しかし、夜のパン屋さん自体もまだまだ体制を整えている最中だといいます。
現在でも支援者はボランティア状態で働き、仕入れるパンの価格に販売員や運搬員の給与や販売場所の場所代をしっかりと反映して、この仕組みを回していけるのかを確認している最中なのです。
このシステムをしっかりと確立できたら、この活動はさらに大きな広がりを見せるでしょう。
売れ残りのパンがめぐることで生まれるもの
売れ残ったパンは、そのまま廃棄される可能性が高いものです。
運が良ければ、割引価格でお客さんの手に買い取られるものもある程度あるでしょう。
しかし、夜のパン屋さんを介して売れ残りのパンが世の中をめぐることで、パン屋さんは売れ残りのパンを定価より安価であっても販売することができ、そのパンを運搬したり接客販売したりすることで雇用が生まれ、人と人とのつながりが生まれます。
それだけではなく、パンを買うお客さんにとっては、さまざまな店舗のパンを夜のパン屋さん一店舗で購入できるというメリットがあります。
このように、夜のパン屋さんを介して売れ残りのパンがめぐることで、多くの人に幸せを運んでいるのです。
夜のパン屋さん事業をNPO法人ビッグイシュー基金へ譲渡
夜のパン屋さん事業は、2024年1月に認定NPO法人ビッグイシュー基金の事業として展開していきます。
ビッグイシュー基金の目指すものは、「貧困問題の解決と、誰にでも居場所と出番がある包括社会」の形成です。
この事業譲渡によってさらに多くの人々がこの夜のパン屋さん事業に参加し、ともにフードロスやホームレス・貧困問題について考え、多彩なアクションを起こしていく運動につながっていくでしょう。
フードロス対策は、ある程度のレベルまでは個人でも対応できます。
しかし、役割を持って安心できる居場所に属するということは、ひとりでできることではありません。
夜のパン屋さんはフードロス対策をきっかけとして、ホームレスや引きこもりといった社会へのつながりが閉ざされてしまった人々に、再び社会での役割と居場所を見つけてもらうためのプロジェクトとなっているのです。