ジェンダーギャップ解消にむけた法改正や制度の見直しが世界中で進む中、日本の男女格差はなかなか改善されません。2021年度の世界ジェンダーギャップ指数によると、日本は156カ国中120位と前年度より1ランク上がったものの、まだまだ課題は山積みです。東アジアと環太平洋地域で比べても、20カ国中18位と最低レベルのジェンダー後進国である旨がうかがえます。(※参考:上位国 1位:ニュージーランド、2位:フィリピン、3位:ラオス)
特に日本がスコアを大きく落としているのが「政治」と「経済」領域です。主要先進国と比較すると、女性の管理職比率が米国42%、スウェーデン40%、イギリス36.8%を占める中で、日本は14.7%と上位国の約3分の1に留まっています。OECD参加国の中でワースト2位となる男女間の賃金格差や、約1割と低い女性議員比率からもその差は歴然でしょう。
上位国の仲間入りを果たすためにも、男女平等を阻む「見えない壁」を払拭することが重要です。今回は、12年連続で世界一「ジェンダー平等な国」に輝いているアイスランドが男女格差を解消させた歴史を紐解き、日本の学びとするヒントを模索します。
ターニングポイントは「1975年10月24日」
北欧に位置するアイスランドは、世界屈指の火山や間欠泉、温泉を擁する自然豊かな島国です。白夜やオーロラ、氷河といった大自然のイメージや、2017年に就任した若き女性大統領カトリーン・ヤコブスドッティル氏の顔を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。
同国では、父親の育児取得率が8割以上であり、国会議員の男女比率も同等を実現しています。人口約35万人、国土面積は北海道と四国を足した程度の小さな国家はどのように男女平等を実現させたのでしょうか。
アイスランドも歴史的には「男性優位」の社会構造であり、女性たちが声を上げてジェンダー平等を実現するまでに紆余曲折を乗り越えてきたといいます。ターニングポイントとなったのが、1975年10月24日に「女性の休日」と呼ばれる大規模ストライキです。
会社での男女格差や性別での役割分担に抗議し、9割以上の女性が家事や職場をボイコットして参加。首都レイキャビクのライキャルトルグ広場は、ストライキ参加者で埋め尽くされました。BBCによると、アイスランドの約9割に相当する22万人の女性に影響を与えたといいます。
このストライキの影響で、銀行や工場、多数のお店が閉店、男性は色鉛筆やおもちゃを持参して子供を職場へ連れて行かざるを得ませんでした。また調理が簡単なソーセージが食材店から姿を消したというエピソードが、事態の深刻さを物語っています。
女性不在の職場や家庭は機能不全に陥り、社会における女性の存在意義や重要さを示すことに成功したのです。たった1日のストライキの影響は絶大で、ストから5年後には世界初の民選女性元首となるヴィグディス・フィンボガドゥティル氏が選出されるなど、この日を境に人々の意識が変わり始めました。
さらに2008年には、リーマンショックの影響でアイスランドの通貨も大暴落。しかし、女性メンバーが立ち上げた投資銀行は黒字経営を維持。この堅固な経営手腕が認められて、経済界でも女性達がプレゼンスを発揮していくようになります。
こうした紆余曲折を経験しながら、女性による政治団体や政党の結成、1980年には民主的な選挙で世界初の女性国家元首ヴィグディス・フィンボガドゥティル氏が誕生するなど、ジェンダー平等の政策を推し進めてきたのです。
インクルーシブ実現に向けた5つのアクション
「男性は仕事、女性は育児や家事にコミット」という前提は、女性だけでなく男性にとっても生きづらい社会なのかもしれません。「仕事」「家事」「育児」とすべてを性別で隔てずシェアする社会基盤を整えることで、女性の社会進出や社会復帰のハードルは下がります。家庭と会社の双方で居場所が見つかれば、人生の質はぐっと高まるでしょう。
ここからはアイスランドの実例に基づいた、ジェンダーギャップの本質的な改善に向けた具体策を紹介します。
①育児休暇を守られるべき個人の“権利”へ
アイスランドでは2000年に「育児休暇法」を改訂。父親にも母親と同じ5ヶ月の育児休暇取得が義務付けられました。同法律の施行によって、2022年現在では子供の出生後の有給育児休暇はトータルで12ヶ月付与されることになり、夫婦交代で5ヶ月の休暇取得後、残りの2ヶ月は夫婦で相談の上どちらかが取得する仕組みです。この期間中でも給料の約8割(最大50万円)を受け取ることができます。母親単独で育児休暇をすべて取得できないため、必然的に夫婦が協調せざるを得ない画期的なシステムと言えるでしょう。
法律に後押しされる形で育児取得をしたことで、「女性が育児をするべきとの価値観が変わり、育児の楽しみや喜びを知れた」と、父親達からの反響も大きいようです。
②40%以上の女性比率を義務化した「クォーター制導入」
2010年には、政治や公共委員会、企業役員の40%以上を女性にすべきという「クォーター制度」が導入されました。本制度のおかげで、現在も国会議員の4割、閣僚11人中5人が女性を占めており、ジェンダー平等や女性が働きやすい社会を実現する議題も頻繁にされています。実際に、アイスランドの女性の就業率は80%と世界トップクラスであり、「女性リーダーがいて当たり前」という雰囲気が国民の中に定着しています。
③世界初の男女の賃金格差を禁ずる法律制定
2018年1月に「男女平等法」が改正され、世界初となるジェンダー間の賃金格差を違憲とする「同一賃金認証法」が施行されました。本法案により、25人以上の従業員を擁する企業団体や組織には、男女同一賃金の取得証明を義務化し、違反した場合には最大500ドル/日の罰金が科されるようになりました。以前は84%台だった男女間の賃金格差が、現在では95%近くまで解消されたといいます。
④女性に留まらない平等の促進
世界一の男女平等国であるアイスランドでは、LGBTQIAといった性的マイノリティーへの理解や権利の平等にも意欲的です。すでに同性結婚は合法化されており、異性間の結婚と同じ権利が保障されています。同案が施行された2010年、世界初の同性結婚をして話題となった当時の国家首相ヨハンナ・シグルザルドッティル氏の存在や、そもそも同性愛者に寛大だった国民性も多様性やインクルーシブな社会への追い風となりました。
⑤ジェンダー予算の導入
1975年の「女性の休日」からおよそ半世紀。男女平等や多様性を認め合う文化を躍進力として、アイスランドはさらなる政策を推し進めています。2009年からジェンダー予算と呼ばれる特別予算制度を導入し、2016年からは公共財政法に基づき州レベルでの割り当てを義務化しました。男性優位な社会では、公共政策や予算編成に女性のニーズは反映されにくい欠点があります。予算をジェンダーの視点から公平に分配することで、男女間の格差解消に繋げる狙いです。
例えば、「主に女性の役割」と認識されてきた「子育てケア」「介護」「育児」に代表されるケア労働、男女間でニーズに差が生じる「ひとり親家庭」「労働環境」、女性の直接的な裨益に関わる「家庭内DVや性犯罪」「出産・産後ケア」「不妊治療」「女性特有の疾患・病気」などの領域に予算が当てられます。
海外60カ国以上でジェンダー予算の導入が進む一方、日本ではジェンダー予算を利用した男女平等を実現させようという機運はほぼありません。こうした予算の必要性を女性自身の声で国や政治家に届けることから、日本の真のジェンダー平等が幕を開けるのではないでしょうか。
OECDの統計では、日本人の25-34歳の女性の67%が高等教育の学位を取得しており、その割合は同年齢層の男性より10%近く上回るといいます。しかし、女性の就業率や賃金、管理職比率と全項目において男性より下回る現状です。急速な少子高齢化を迎える日本にとって、1人1人の能力や個性を発揮できる環境こそが労働力不足への対処法であり、インクルーシブな経済成長の要諦となるでしょう。